針山地獄からこんにちは

着物縫ってます。宇宙行って無重力ファッションショーしたいです。

トイレの神様と便所の落書き

 お盆の時期ですね。先祖供養の季節です。お盆が近づくと思いだすことがあります。昔少しだけバイトをしていた店のトイレには、教訓が貼り出されておりました。挨拶をしましょう、手あらいうがいで風邪を予防しましょう、笑顔でいましょうなどというありきたりなものに並んでなぜか先祖を大切にしましょうという少し珍しい訓示が掲げられておりました。そりゃ先祖は粗末にするよりは大切にしたほうがいいのかもしれませんが、それは個人の信仰の自由なのではあるまいか、別に人に言われるようなことでもないでしょうがと思ったものでした。それにトイレに信仰についての訓示を掲げるなら、せっかくですからトイレの神様を大切にしましょうというのも付け加えてあげたらよさそうなものです。私がトイレの神様だったら拗ねちゃいます。トイレの神様は優しい神様で、沢山の宝物を持ってきてくれようとしたために到着が遅くなり、家の他の場所には先についた神様達がもうおさまっていたのでトイレしか落ち着き先がなかった、だからトイレの神様を大切にすると沢山の宝物を持った神様が喜んで金運を上げてくれるなんて言われておりますね。そんなトイレの神様をないがしろにして先祖を持ち出してくるような経営者の姿勢に疑問を抱きました。別に先祖を大切にしたけりゃすればいいのですが、トイレと言う場所をお借りして訓示をたれんとするなら物事には筋というものがあります。筋を通さなかったためにトイレの神様を拗ねさせて金運が下がって経営の雲行きが怪しくなっても嫌なので、そのバイト先はさっさと辞めました。私は逃げ足が速いのです。案の定その店はその後潰れました。

 しかしトイレというのは不思議な場所ですね。寺山修司は大学生の頃、便所の落書きを読むのが興味深くて、いつも違う便所に入っていたのだそうです。

 

 君、どうしてそんなに禿げているの?

 心配事があるからだよ

 どんな心配事が?

 頭の毛が薄いという心配事があるのでね

 

というような下らないものから

 

 内的自由と外的自由と混同してはならぬ

 望む者に内的自由がないことがあるだろうか

        ↓

 便所の落書きは内的自由か?

 

というようなさらに下らないものまであったそうです。

 

 便所というのはただ便器が置いてあるところではない、体からのお便りを受け取る所なのです、なので自分の出したものの状態を認識して体調管理に役立てましょうとおっしゃっていたお医者さまがおりました。なるほどと思いました。しかし便所で受け取るのは体からのお便りだけではありません。あてがあるのかないのか分からない、色々な人の様々なお便りもまた届く所なのです。

 

糸之舞(しのぶ)

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