針山地獄からこんにちは

着物縫ってます。宇宙行って無重力ファッションショーしたいです。

逃げながら着替える

 川端康成の「雪国」の冒頭、トンネルを抜けると雪国であった、という文章は主語がないので英訳するとなると難しいそうですね。これなどに見られるように日本語は主語が省略されやすい言語だということはよく言われます。なので聞き手のほうで主語を補わなければならないと。それがうまくいくときもあれば、とんでもない勘違いを生むことも往々にしてあります。しかし驚くほどうまく補えることもあるものです。その瞬間に高校生の頃立ち会ったことがあります。

 私は国語が好きで、その時の先生も好きだったのでわりかし真面目に聞いておりました。先生が漢文の解説をして下すっていたのですが、「宮刑」という単語が出て参りました。そのとき先生が「この単語の意味はですね、えーと、ちょん切っちゃうんですよ。」とおっしゃいました。クラス中が一瞬沈黙したあと、微妙な含み笑いがあちこちで起こりました。授業を真面目に聞いていた人も聞いていない人も、みんな分かったようなのです。主語がなくても、話の前後をまともに聞いていなくてもこれだけ的確に伝わるという現象もなかなか珍しいなと思い、ちょん切るということに興味を持ちました。

 そんなわけで、まわりのみんなが突っ込んだり突っ込まれたりということについて思い悩んでいる間(どこに何を突っ込むのかは主語がなくてもおわかりいただけますね)、私はひたすらちょん切ることについて思いをめぐらせておりました。そんなことばかり考えていたからモテなかったのか、モテないからそんなことを考えていたのかはニワトリとタマゴみたいなものです。

 こうして女子高生だった私はかの有名な阿部定の手記を手に取ることと相成りました。読んではみたのですけれど、まだ若かったものですから肝心の惚れた腫れたのくだりはいまいちぴんとこず、つくづく他人の色恋沙汰というのはわからぬものよなぁという感想を抱くに至りました。

 しかし、阿部定が石田を殺した後の逃亡中の様子が、実によいのです。犯行現場となる待合を出た後、まず衣装を替えることにしたと語っておりタクシーで上野の古着屋まで行ったそうです。

 

 着ていた白地玉結城の袷と銀鼠地ウズラ織袷羽織とを十三円五十銭で売り、銀色鱗飛模様単衣御召を五円で買い、店の次の間で着替え、小僧に頼んで木綿風呂敷を買ってもらいました。

新聞紙包みの牛刀をその風呂敷に包んでその店を出てから、「松坂屋」の電車通りの下駄やに行き、桐の駒下駄を一円四十五銭で買い、穿いていた表付けの下駄をその店に預け

 

 という風にいったん着替えて小宮先生に会った後、

 

 その時、私が着ていたお召しの単衣物は、まだ時期が早くて似合いませんし、上野で買った駒下駄がきつくて足が痛かったものですから、新橋中通りの「あづまや」という古着屋でセルの単衣物と、名古屋帯と帯上げを十二円二十銭で買い、脱いだ着物を紙包みにしてもらい、着物を着替えて出かけ、近所の下駄屋で総革草履を二円八十銭で買って履き、駒下駄は紙袋に入れてもらってブラ下げて出ました。

 

 とまたしても着替えます。

 定は待合を出るとき身支度として殺した石田の六尺褌をお腹に巻きつけ、その中に切り取ったものの包みを入れていたそうです。その足で古着屋さんに行って上に着ていた着物を売り、古着を買って、このまま着ていきますので次の間をかしてくださいね、小僧さん、風呂敷を買っておいて頂戴なんてちょっとしゃれています。そして時季外れの単衣や足に合わない下駄を買ってしまって結局あとで買い直すくだりはなんだかかわいらしい気がします。

 阿部定は死亡が正式には確認されていないため、どこかで生きている説がながらくまことしやかにささやかれていたそうですね。2018年の今生きているとしたら113歳です。さすがに亡くなっているでしょうけれど、なんだか生きていてほしいと思ってしまうのはやはり阿部定さんをかわいらしいと思ってしまったからかもしれません。

この時の白地玉結城の袷と銀鼠地ウズラ織袷羽織は、上野の古着屋で売られたあとどうなったのでしょうね。誰かおしゃれな人の手に渡っているといいなと考えてしまいます。今でもどこかで誰かが袖を通していてほしいなどと思ってしまいますが、時が流れすぎていますから、さすがに無理かもしれません。ですが今でも誰かが着ていて、どこかで巡り合えるかもと想像するのは自由です。

 

糸之舞(しのぶ)

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