針山地獄からこんにちは

着物縫ってます。宇宙行って無重力ファッションショーしたいです。

お下がりいやだ

 壺井栄二十四の瞳が好きです。私が着物や洋服といったものに興味を持つきっかけになったのがこの本だったように思います。

 貧しい時代の貧しい村のお話なので、そこに暮らす子供たちも程度の差こそあれみんな貧しいのです。そんな貧しい子たちが何を着ていたかという描写が私の胸に刺さりました。

 

 まるで大学生の着るようなこまかいさつまがすりの袷をきせられている早苗は、赤いはっかけを気にして、ときどきうつむいて見ている。じみなその着物を人に笑われないうちに、早苗の母はいったのである。

「なんと、じみすぎておかしいかと思うたら、赤いはっかけでひきたつこと。そんでまた、これが早苗に似合うというたら。この着物きたら、かしこげに見えるわ。裾にちろちろ赤いのも見えて、みごとい、みごとい。よかったァ。」

 これだけほめられると、早苗は正直にそれを信じこんだ。着物をきているのはコトエと二人だけで、コトエもまた母親のだったらしい黒っぽい、飛び模様のある綿めいせんをきていた。本裁ちそのままらしく、腰あげも肩あげももりあがっている。

 

 これを読んだ当時私はこどもで、しかも家にはお金があまりありませんでした。そのうえ伯母が衣装道楽で私の上の従妹のお姉ちゃんにどんどん服を買っており、そのおさがりが私にまわってきます。おかしいんじゃないか、笑われるんじゃないか、浮いてるんじゃないかなどと気にしながら毎日おさがりを着ていました。うちの母も私の気持ちを知ってか知らずか、この早苗の母のようにごまかそうとしてくることがありました。

 うまくごまかされることもありましたが、どうしても嫌な時ってあるものです。とはいえ、いやだ、好きなものを着たい、自分で選んだ服を着たいといっても聞き入れられるわけもなく、最終的にはあるものを着ろの一言で済まされる日々を送っておりました。

 この文章を読んだときに、それまで我慢していた、自分の気に入るものを着たいのだけれどままならぬ悲しみが堰を切ったようにあふれ出したのです。

 私は子供の時分友達がおらず本ばかり読んでおりました。それまではただ一人の時間をやり過ごすために読んでいたのですが、二十四の瞳をきっかけに私にとっての読書は本の中に着物や洋服についての描写を探し出す宝探しに変わったのです。おさがりを着なければならない状況は相変わらずでしたが、そうすることで幾分救われました。最近はあまり本を読む時間もないのですが、この当時読んだ本は肝心の話の中身は忘れても、どんな着物や洋服が出てきていたかは今でも不思議と覚えているものです。

 

糸之舞(しのぶ)

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