針山地獄からこんにちは

着物縫ってます。宇宙行って無重力ファッションショーしたいです。

青い薔薇の花言葉

 たまにはちゃんとした格好をしようと思い、附下を引っ張り出しました。

 

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 この着物は、私が初めて縫った附下なのです。柄合わせを、母に教えてもらいながらやりました。青い薔薇の柄なんてあまり見ないでしょう。

 

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私が着物の学校に通っていた時の同級生が就職したリサイクル着物のお店で、新古品で安く手に入れたものです。こういうちょっと変わった柄というのはあまり着る人がいないのかしら。私は青い薔薇が好きなので着ますけど、はっきり数字を言ってしまうとかわいそうなくらいのお値段でたたき売られていました。安いのはありがたいけれど、安すぎると心が痛む。ジレンマです。

青い薔薇と言えば、かつては品種改良しても実現することは出来ないと言われていたそうですね。なので青い薔薇の花言葉は「不可能」だったとか。なぜ青い薔薇が自然界に存在しないかと言うと、薔薇には青い色素を抑制する遺伝子があるからなのだそうです。ですがそのことが解っていなかった昔は、花の女神フローラが寵愛していたニュンペーの遺体を薔薇に変えた時、死を予感させる気がするので青を避けたためと神話に理由を求めました。青色が死を連想させるのかということについてはいまいちピンときませんが、花の女神様が決めたことならしょうがない気もしますね。

 ですが2004年にサントリーが遺伝子操作により青い色素を含む薔薇を咲かせることに成功しています。遺伝子工学のことはよく分かりませんが、すごいことです。このことによって青い薔薇の花言葉は「不可能」から「夢は叶う」になったそうで、喜ばしいですね。

 そんな素敵な薔薇が描かれた着物です。ちょっといいでしょ。

 

糸之舞(しのぶ)

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ありがたい

 リサイクル着物や小物、新古品の反物を売っているお店を見かけて、入ってみました。めちゃくちゃ安い胴裏を見つけました。

 

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 ポリじゃなくて、絹でこのお値段。中もしみだらけになっていたり虫食いされていたりするわけでもなく、きれいです。

 

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 500円の値段がついていますが、店番の方がさらに値引きして300円でいいよと言って下さいました。着物を着ていたのでお店の方が話しかけて下さり、それで今着ているのは自分で仕立てたものです、着物勉強中ですとお話したら、じゃあ安くしてあげるからお勉強して下さい、頑張って縫ってねと300円にして下さったのです。フリマアプリでもそうそうこんなに安くは買えません。破格のお値段。こうやって勉強中の人間を応援して下さる方がいるというのはありがたいことですね。頑張って袷を縫おう。

 

糸之舞(しのぶ)

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着物好きの猫好き率は異常

 iPhoneが重くなってきたので、データを少し整理しようと思い、バックアップをとりつつ昔の写真などを見ていると、こんな写真を見つけました。

 

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 2015年の着物サローネで撮った写真です。猫の絵と猫耳ふうの結び方がかわいい!と思い撮影したものです。自分でもこの猫耳結びをやってみようと思いつつ、忘れていました。この写真を見つけて思い出せてよかったのです。

 なんとなく思うのですが、着物好きの方って猫が好きな方が多いように思います。私の周りの着物好きの方にも、猫を飼ってる、昔飼ってた、飼ってないけど好きという方が妙に多いです。犬派か猫派で言ったら猫派が圧倒的多数です。かくいう私も猫派です。私は母親が動物がダメな人なのでペットは飼えませんでしたが、飼えるものなら猫を飼いたかったです。大人になったら飼おうと思っていましたが、今はもう自分の生活スタイルが出来てしまっていますし、今更そこに猫の世話を組み込むのも面倒で飼うには至っていません。こうして子供の頃の夢を人はだんだん諦めていくのですね。ですが猫を飼っている方のお宅にお邪魔する機会があれば、猫様の差支えない範囲で存分に撫でさせて頂いております。やっぱり猫っていいですよね。

 サローネもそうですが、着物関連のイベントって、必ずと言っていいほど猫モチーフのものがありますよね。猫好きに全力で媚びる勢いです。なんなんでしょうね、この着物好きと猫好きの親和性の高さ。なぜそうなるのか、ちょっと考えてみました。

 こちらは、猫飼いの方の間では有名な言葉だそうですね。

 

子供が生まれなければ ねこ を飼いなさい。

ねこ が赤ん坊の時、あなたは ねこ の良き しもべ となるでしょう。

ねこ が幼年期の時、あなたは ねこ の良き しもべ であるでしょう。

ねこ が少年期の時、あなたは ねこ の良き しもべ でいるでしょう。

ねこ がおとなになった時、あなたはやはり ねこ の良き しもべ のままでしょう。

そして、いつかそのとき、ねこ は自らの死をもって あなたのこころに ねこ 型の穴を開けるでしょう。

その穴を埋めるには、また ねこ を飼うしかありません。

 

 思うに、着物とは猫のようなものなのです。着物を着るとは着物のしもべになるようなものです。洋服は布を型紙を使って裁断し、体に合わせるように仕立ててくれるものなので、布を人間に合わせるというのが基本的なスタンスです。ですが着物は布を四角く裁断しますので、その結果人間の方が着付けという技法を駆使して、補整などを行い、布に対して自分の体を合わせなければなりません。昔子どものころ着付けをしてもらった時に、子どもらしく動き回ろうとする私に向かって、着物を着た時は自分を捨てなければならない、着物のためにじっとしていなさい、着崩れてみっともなくなるからと言った人がありました。もし子どもが盛装していたとしても、ドレスなどを着ていれば汚しちゃいけないからばたばたしないの、くらいの注意で済んだでしょう。ですが自分を捨てなさいとまで言われました。それくらい着物を着るということは、着物に対して自分の方を合わせていかなければならないということなのです。

 犬はしつければ何とかなる部分もありますが、猫は気まぐれなのでしつけてどうにかなるものではないということはよく言われますね。人間の方がしもべになり、猫に合わせるしかないのです。仕事中にパソコンのキーボードの上に乗ってこようが、寝ているときに踏んづけられようが、そういうものだと受け入れるほかありません。

 着物好きと猫好きというのはしもべになりたがりな部分で共通点があるのでしょうかね。なんだかドMみたいです。まあ、洋服が主流のこのご時世、わざわざ面倒で洋服に比べればお世辞にも快適とは言えない着物にはまるなんて、ドMでもなければやっていられないのかもしれません。

 

糸之舞(しのぶ)

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殺すしかない、と言われる人

 半幅の独鈷模様の博多帯がかわいいなと思い、ちょっとお出かけついでに見かけた呉服屋さんに寄ってみました。半幅帯の棚を見ていると店員さんが「何かお探しですか」と声をかけてきたので一応聞いてみるかと思い「博多の半幅はありますか」と聞いたところ、「半幅はありませんが半幅でない博多ならこちらに」と言って案内されそうになったのでびっくりしました。半幅っつってんじゃん、人の話聞いてる?日本語大丈夫?

 いや半幅探してるんでと断り、さっさとお店を出て来ましたが、こんな対応をする店員というのは初めて遭遇しました。有名な名言ではありますが、無能な働き者は殺すしかないというあれですね。この店員はまさしく無能な働き者です。

 探しているものが店にないことはありますが、他の店舗の在庫を確認しましょうか、とか仕入れたらご連絡しましょうか、とかいう対応をして下さったりします。こういう人は有能な働き者なのでしょう。そうでなければ、置いてないです、すみませんと言って下さいます。こういう人は無能な怠け者でしょう。もしくは在庫の確認などが面倒なのであえて無能なふりをしている有能な怠け者でしょう。こういう方々は例の名言によると生きていていいようです。

 無能な働き者は人の言っていることをガン無視して勝手なことをするというのは本当ですね。イラッとしました。たしかに戦時中なら殺したくもなるだろうなと納得した出来事でした。日本は今日も平和です。

 

糸之舞(しのぶ)

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だからバカは嫌い

別に大した文章を書いているわけでもないのですけれど、それでもブログやってるとか何か書いていると言うと、たまに「私の話ネタにしていいよ!」とか「私のこと書いていいよ!」とか言ってくる方がときどきいらっしゃいます。それでどんなもんかと思って聞いてみるとたいてい下らない。どうでもいい。オチもない。つまんない。聞いた時間が無駄でした。

私も自分の下らない話を書き散らかしていますけれど、それでも言葉を探して、選んで、文章を組み立てて書いています。文章に落とし込むにはそれなりに自分の頭を使って、やるべき作業をやらなければならないのです。それを他人の下らない話のためにやってやる気にはなれません。それでももし面白い話があって、他人の話であっても書きたいとなれば自主的に書きます。上から目線で「書いていいよ!」と言われてやる筋合いはありません。

文章を書くというのは一種のカタルシスなのです。書いて形にしてみると見えてくるものってあります。ですがそのためには言葉を探して、選んで、組み立ててということをしなければなりません。面倒なのです。文章を書いている人間に向かって「書いていいよ」なんてのたまう方は、文章の面倒な部分は回避して、他人の書いた文章だけを受けとって「私の経験はこういうことだったのだ」とか「私が言いたいのはこういうことなのよ」というカタルシスだけを得たいのです。図々しい。

こういう図々しさをぶつけられると、反吐が出そうになります。自分のための文章が欲しいのなら、面倒でも大変でも自分でなんとかするべきです。自分で書け、バカ。といってもこの手のバカは書かないでしょうけれど。

 

糸之舞(しのぶ)

 

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縦の糸はあなた

 母の実家の物置から、たくさん糸が出て来ました。

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 今はもうやめていますが、祖母が昔織りをやっていました。これはその当時の縦糸です。織りの縦糸というのはしっかりしているのですね。番手でいうと40番くらいになるでしょうか。それに古いものですがはじいてもぶちぶち切れたりしません。せっかくなので貰いました。これくらいの太さがあれば8号のレース針で編めますから、ためしに小さいドイリーを作ってみました。

 

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 撚りもちゃんとしているので編みやすかったのです。レース編みは久しぶりでしたが、さくさく編めました。しかし縦糸さんもまさか自分が物置に仕舞いこまれた後、レースになるとは思ってもいなかったでしょう。何が起きるか分からないものです。

 もし祖母の手によって織られていたとしたら、こんな感じになるはずでした。

 

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 「いつのよまでも」でおなじみのミンサーです。私もひとつ貰いまして、ちょくちょく締めています。使い勝手のいい半幅帯です。買うとなるとちょっとするんじゃないかしら。こういう時おばあちゃんの孫でよかったと思うのです。現金なものです。ちなみに祖父は指物師でして、祖母の織り機は祖父が作ったものです。織り機がなければ織れませんから、おじいちゃんの孫でよかったとも思います。二人ともありがとうなのです。人に感謝をするときはピンポイントで感謝するよりも、ちゃんと関係各位に感謝すべきだと存じます。人として当然のことです。とはいえ私は粗忽者なので、お礼を言いそびれることがしょっちゅうです。お礼状の書き方でも勉強しよう・・・

 

糸之舞(しのぶ)

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死んだ人

 とうに死んだ人を好きだと言うと、昔の人だよね、もう死んでるじゃんと言われることがあります。ですがそれが何だと言うのでしょう。別に奇をてらって死んだ人を好きになったわけではありません。好きになった人がたまたま死んでいただけです。それに死んだ人を好きになったらなったで、いいこともあるのです。生きている人は今はよくてもいつ不倫や飲酒運転や薬物使用などをやらかすかわかりません。それでも好きになってしまう人はいますけれど、好きな気持ちはいつも不安と隣り合わせです。死んだ人はもう死んでいますから、生前何かやらかしていてもそれ以上何かしようがありませんから(平将門菅原道真などの一部例外を除く)今以上に悪くなりはしないので、安心して好きでいられるのです。

 ですから私は同じ時代に生きている人を好きになると、まだ生きていて欲しいような、早く死んで欲しいような、不思議な気持ちになるのです。

 

糸之舞(しのぶ)

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